求人広告と現場の違いをめぐるトラブル
記事を読んでいただきありがとうございます。突然ですがみなさんは「求人詐欺」という言葉を聞いたことがありますか?ブラック企業などの過酷な労働環境における心身の健康被害が問題になって久しいですが、ブラック企業を特徴付けるものとして、数年前からこのような言葉がちらほらと使われるようになりました。どういうものかといえばその名前を見れば明らかですが、実際に交わされる労働契約と、求人広告で出している情報の内容が異なり、労働者が不利な状況に追い込まれてしまうことを指す言葉として使われています。東洋経済オンラインが2016年3月17日に公開した『「詐欺求人」は、なぜ野放しにされているのか』という記事が非常に参考になります。
(引用開始)
以下の求人票は、エステ業界専門の求人サイトで「プレミアム優良求人」として掲載されていたものだ。
この求人票を見て応募したAさん(仮名・女性)は、その条件の良さに惹かれて、面接に行くことにした。すると、採用担当者からは「最初は、基本給は15万円」だと伝えられたという。そもそも求人票には最低でも18万円と明記されていたはずだが、これは虚偽だったのだ。しかし、Aさんは、「下積みの間はこんなものなのかな。給与もすぐ求人通りの基本給18万円に上がるだろう」と考え、契約書にサインした。
ところが、研修が始まると、いきなり話が違った。朝10時から20時前後まで拘束され、求人票にうたわれていた「実働8時間」の約束は裏切られる。さらに、研修期間が終了すると朝9時半頃から夜の22~23時頃までの勤務が当たり前となり、実働労働時間は1日12時間以上に及んだ。
(引用終わり)
「詐欺求人」は、なぜ野放しにされているのか
https://toyokeizai.net/articles/-/109813?page=2(閲覧日 2016年6月6日)
また、弁護士ドットコムニュースが2016年1月23日に公開した記事では、虚偽求人問題の深刻さを理解できると思います。
また、求人票では「就業時間 8時50分〜17時50分」「時間外 月平均20時間」と書かれていたが、実際には深夜・早朝におよぶ不規則な長時間労働に従事させられ、1カ月の残業時間が134時間に及ぶこともあったという。
(中略)
刑事告訴の根拠としてあげているのは、職業安定法の65条だ。
そこには、「虚偽の広告」をしたり「虚偽の条件」を示して「労働者の募集」を行った者は、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられるという規定がある。航太さんが勤めていた会社は、この職業安定法65条に違反したから、処罰を受けるべきだというのだ。
ただ、川岸弁護士が厚労省に確認したところ、職業安定法65条の罰則規定が過去に適用された例はないのだという。「完全に死文化している」(川岸弁護士)ということだが、今回の刑事告訴を受けて、初の処罰につながっていくのか、注目される。
(引用終わり 一部太字に改変)
ハローワーク「求人票を信じた息子は戻ってこない」遺族が「虚偽記載」で勤務先を告訴
https://www.bengo4.com/c_5/n_4198/(閲覧日2016年6月6日)
職業安定法第65条という虚偽の条件を利用した求人活動を行った者に対して取り締まる法律があるのにもかかわらず、驚くべきことに過去に一度も適用されていないという実態があります。
虚偽求人の取り締まり強化となるか
そんな求人詐欺に歯止めをかけるべく、厚生労働省の有識者検討会が6月3日、求人広告などに出す情報を偽った企業と幹部に対し、懲役刑を含む罰則を設けるべきであるという報告書をまとめたという報道がされました。
(引用開始)
厚生労働省の有識者検討会は3日、公共職業安定所(ハローワーク)や民間の職業紹介事業者に労働条件を偽った求人を出した企業と幹部に対し、懲役刑を含む罰則を設けるべきとする報告書をまとめた。過酷な労働で若者らの使い捨てが疑われる「ブラック企業」と求職者のトラブルを防ぎ、求人詐欺への牽制(けんせい)を狙う。
報告書を受け、今秋以降の労働政策審議会で議論を本格化させ、職業安定法の改正を目指す。
(中略)
職安法は労働条件の明示を企業に義務付けており、企業が自社サイトなどで直接募集して採用する際には、虚偽情報に対する罰則(6月以下の懲役または30万円以下の罰金)がある。だが、ハローワークなどに虚偽の求人を出しても、是正を求める行政指導はできるものの、罰則がなく、規制の不備が指摘されていた。
(引用終わり)
産経ニュース「虚偽の職安求人に罰則 厚労省検討会報告書 ブラック企業対策、懲役刑も」
https://www.sankei.com/economy/news/160604/ecn1606040012-n1.html (閲覧日2016年6月6日)
なぜ職業安定法がありながら、今回新しく罰則を設けるべきだとしたのか、という疑問を持たれた方は多いと思いますが、「ハローワークなどに虚偽の求人を出しても、是正を求める行政指導はできるものの、罰則がなく、規則の不備が指摘されていた」という実態があるということを知っておいて欲しいのです。
ちなみにネットニュースのみならず、しっかり6月4日付の産経新聞にも報道されています。
取り締まりが難しい実態がある
なぜこのような虚偽求人が無くならないのでしょうか。自分たちの都合の良いように公表する内容に嘘を入れる企業側に原因はありますが、それだけではありません。ここには職業安定法の「全件受理の原則」が関連してきます。基本的にハローワークや民間の職業紹介業は、申請された求人の申し込みは、明らかに法令に反していない場合はすべて受理しなければなりません。これは職業安定法第5条の5に明記されていることです。しかし、民間の職業紹介業者に関しては申請してきた会社の労働環境に関してその真偽を確かめる、確認する手段が殆どありませんので、求人広告を見た人が実際に応募し、労働契約を結ぶ段になってはじめて明らかになるというケースが殆どなのです。厚生労働省のホームページでも虚偽求人に関する質問に回答が公開されていますが、「求人誌やハローワークに掲載されている求人票はあくまでも募集の際に提示する労働条件の目安」とし、実態と違っていたとしても労働基準法違反には該当しないという内容です。求人誌やハローワークに掲載されている求人票はあくまでも参考程度にしてください、というスタンスを取ってきた厚生労働省ですが、今後は行政指導の元、求人広告作成に関する項目の細かな公開義務が策定されることになるでしょう。
一見ネガティブな情報を出していたとしても応募は来る
これはラクジョブ新聞を運営するビ・ハイア株式会社の応募ページです。ビ・ハイアは現在、自社ホームページ以外での採用を行っていません。ご覧になるとわかると思いますが、残業はあります(ただし残業代は100%支給)と明記し、さらに早朝5:30〜9:00の間で読書をしますという、一見ネガティブなことが書かれています。大手求人会社でスタッフの募集をしていたこともありますが、その際に読書時間について書こうとしたところ断られたという経験をしています。要するに、民間の求人広告会社の方からも企業に対してなるべくネガティブな情報は出すべきではないというアドバイスをしているという可能性もあるわけです。こうした一見ネガティブな条件を載せることに対してどんなメリットがあるのかといえば、簡単に言えばミスマッチが減ります。
求人広告にいくらお金を出して、良さそうな人を雇うということをしたとしても、労働条件と違う!とすぐに辞められてしまっては、求人広告費用や人事担当の給与などが一気にコスト化してしまうのです。ちなみに労働基準法第15条の2項には、「明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。」とされ、いかなる就労規約よりも優先されますから、明らかな虚偽求人で募集した人材は法的にすぐに辞められても何も文句はいえないのです。ですから、最初から現場のことを守秘義務の及ばない範囲に関しては公開したほうが良いのです。特に条件面についての記載と職場の雰囲気などがわかるような写真や映像などは積極的に公開すべきなのです。
情報の出し方でミスマッチは減る
東洋経済オンラインの今年2月の記事の情報によれば、日本は人材のミスマッチが高い国であるという調査結果が出たとのことです。
(引用開始)
外資系人材紹介会社・ヘイズ・ジャパンの「世界31カ国における人材の需給効率調査」によると、日本はミスマッチ率が高くて「最も人材が探しにくい国」とのこと。企業が求めているスキルと、実際に求職者が持っているスキルとが大きく乖離しているようなのです。
(引用終わり)
「世界一の人材ミスマッチ国」は日本だった!転職したい人と、企業が全然出会えない
https://toyokeizai.net/articles/-/106824
この記事のライターは求職者と企業が求める人材のスキルに大きな差があることが原因と考えているようですが、高いスキルを求めること自体は悪いことではありません。確かに限度はありますが、欲しい人材像は他の求人条件同様明記すべきです。どのようなスキルを持っているのか、どのようなマインドを持った人材が欲しいのか。その旨をしっかりと求人広告に書いていない場合、高いスキルを求めていることを了承せずに応募してきてしまうというのもミスマッチや早期退職の原因になるでしょう。アニメゲーム漫画業界でも、しっかりとした教育体制が整っていないのにもかかわらず、安易に「未経験者可能、実務経験があるとなおよし!」という応募者に対して間口を広く取ってしまうと、会社が求める人材と応募者の意識にずれが生じてしまいがちです。経験者が欲しいなら経験者が欲しい!しかもこのくらいのスキルを持っている人が欲しい!と素直に求人広告に書いてしまうべきです。
今回の記事で、いかに虚偽求人が根の深い問題であり、企業側にとっても応募者側にとってもリスキーな問題であるのかを理解して頂けたと思います。少しでも就活中の学生の方々や、転職活動をしている方々と、企業のミスマッチが減ることを祈っております。記事を読んでいただきありがとうございました!