スマホゲームの登場によって世の中に自分たちの会社の名前でゲームをリリースするのが圧倒的に簡単になりました。コンシューマーゲームだと、莫大な開発費や流通販路、宣伝PR施策などを包括的に充足させる必要があり、コンシューマーゲーム開発は非常に困難でした。一部の大手メーカー(任天堂、SONY,バンダイナムコ,KONAMI, SQUARE ENIX,SEGA,CAPCOM,コーエーなど)のみがその知名度のほとんどを独占しており、新規にコンシューマーゲーム開発に乗り出そうとする企業はほとんどありません。なぜならゲーム業界の90%以上が受託開発会社だからです。しかし、ガラケーでのソーシャルゲーム、スマホでのスマホゲームが業界を大きく塗り替えました。それまでゲーム会社としての知名度の高くなかったグリー,DeNA,ガンホー,ミクシィ,コロプラなどの会社がプラットフォーマー、パブリッシャー(SAP)として一気に有名になりました。それ以外にも続々新しい会社がゲームをリリースし、パブリッシャーデビューを果たしています。
しかし、ゲームをリリースしても鳴かず飛ばずにリリース数ヶ月後にはクローズするゲームが後を絶ちません、なぜなのでしょう。まず現在のスマホゲームのゲーム市場を見てみましょう。ファミ通ゲーム白書によると、2014年国内ゲーム市場は過去最高の1兆1,925億円となり、3年連続で過去最高を更新し続けています。特にスマホゲーム市場は毎年成長を続けています。オンラインプラットフォーム(ゲームアプリ、フィーチャーフォン、PC)市場は前年比13%増の7,886億円となり、家庭用ゲーム市場ハード・ソフト(オンライン含む)合計の4,039億円に約2倍の差をつけています。それに伴って、スマホゲームのタイトル数も大量に作られています。株式会社AppBroadCastによると、2015年3月にGooglePlayで配信開始したゲームタイトルだけで、1,549本リリースされています。つまり、年間で換算すると18,388本、1日平均50本のスマホゲームがリリースされていることになります。しかし、この中で120日後売上TOP100に入っているのはわずか6タイトルしかありません。つまり、全タイトル中0.4%しか生き残りません。
また、現在のスマホゲーム市場は、AppStore,GooglePlayのランキングが非常に大切な意味を持っています。コンシューマーゲームであれば、基本は店頭販売。ゲーム屋や家電量販店に行けば、その時世に出ているゲームはある程度眺め見ることができます。しかし、毎月1500本近くゲームがリリースされるアプリではそうはいきません。ある程度これをチェックしておけば大丈夫という情報源しかチェックしません。それが、AppStore,GooglePlayなどのプラットフォームのランキングです。ランキングにあるものは益々人気になり、ランキングにないものは存在すら認知されません。今「ランキングの固定化」と呼ばれ問題になっている事態です。
また、行動経済学の見地からもランキングの固定化は説明できます。つまらない映画をなぜ見続けてしまうのでしょう。飲み会で帰りたいのに帰れないことありませんか。負けを取り返すまでパチンコをやめられないのはなぜでしょう。冷めた恋愛をそれでも諦めきれないのはなぜですか。これらは全て「サンクコスト」(埋没費用)という概念で説明できます。Free to playのビジネスモデルが今のスマホゲームの大半だということはいうまでもないと思います。しかし、このfree to playが本当に無料、タダなのかというとそうではありません。確かに金銭的にはタダで遊べるですが、お金以外に時間を支払っています。もしそのゲームをやっていなかったら他のことに使えた時間、その人の限られた人生の中の貴重な時間、それをゲームに支払っています。時は金なりです。そして、会社経営がそうであるように、開発プロジェクトがそうであるように、一度走り始めてしまうとなかなか止めることができません。たとえ、理性的、時間的にこれ以上の投資は無意味だとわかっている状況でとしても、ここまでやったのだから今更止められないと言って、さらに損を増やし続けてしまいます。例えば、毎日行き帰りの電車で30分ずつスマホゲームをやったとしたら、年間で365時間になります。例えば、時給1000円換算してみると36.5万円分の時間を投資したことになります。この見えない36.5万円がサンクコストとしてその人の中に降り積もります。すると、今更止められない、その人だけのNo.1ゲームが完成し、ランキングの人気ゲームも固定化されます。
同時に遊んでいるゲームタイトル数についての調査によると、32.0%の人が「1~2」、20.3%の人が「3~4」タイトルを同時に遊んでいるといいます。それ以外の人は0で、5本以上ゲームを同時に遊んでいる人はほとんどいません。つまり、ある人にとっての5位以下のゲームは存在しなくなってしまいます。ゲームをリリースするときには、万人ウケする面白いゲームではなく、どんな人にとって1位あるいは2位になるゲームを作るかが大切なポイントになります。その際、もちろんすでに開拓されているジャンルで1位を目指すのは、サンクコストの理由から難しいです。新しいユーザー層を開拓できるような新しいジャンルへの挑戦があります。ランキングを見ていただければわかりますが、上位のゲームはほとんど顔ぶれが変わらないのに、ジャンルの同じゲームもほとんど変わりません。総合ランキング上位は、ジャンル別ランキング1位がひしめく地帯になっています。既存ゲームの研究は大切ですが、「あのゲームと同じ感じだよね」と思われてしまっては、サンクコストがそのゲームを見えなくしてしまいます。最大公約数を狙うニッチなゲームが今のスマホゲームに必要な最低限の条件です。
ニッチの作り方はいくつかのパターンに分けられます。一つは版権を原作にしつつ、原作ファンを納得させるほどのゲームを作る方法。原作があると、その原作そのものがファンにとっても1位です。原作ファンが付いてくるだけのゲームを作ることができれば最初から1位が獲得できます。「Fate/Grand Order」はまだリリース開始から半年経っていないですが、原作ファンの圧倒的な支持を受け、ランキング5位以内に常に存在し続ける驚異の人気ぶりを見せています。また、「ロックマン」「バイオハザード2」と世に送り出した元カプコン常務執行役員、現株式会社comcept代表取締役の稲船敬二さんは、著書「どんな判断や!」の中で、「あるゲームが大ヒットするかどうかを見抜く方法があります。それは、企画会議で全員が反対したときです。…端的に言えば、全員が理解できる作品はヒットしない。…みんなが反対するくらい、意外なものでないと当たらない。…未来を読むために、仮説をロジカルに積み上げていく。その結果「次はこうなります」ということが言えます。」とあります。今面白さが理解されるゲームではなく、「このゲームは絶対に面白くなる!でも今は誰も理解してくれない。けど、面白いから絶対に作り上げる!」という確信と覚悟を持って取り組めるかどうかも大切なポイントではないでしょうか。自社パブリッシングは大手の会社であれ、中小企業であれ、想像できないほどのリスクがあります。自社パブリッシングができる時代になったからといって、「とりあえず出してみよう」ではなく、「このゲームは絶対に売れる!作らないなんてありえない!」という気持ちがあって初めてリスクに見合うだけのリターンの可能性も出てくるのではないでしょうか。