ITmediaの14日の記事に、株式会社ドキドキグルーヴワークス代表であり、ファミコンブーム下の日本において、ちびっこの憧れの的であった高橋名人の記事が連載されています。最終回はファミコンの終焉と今後のゲームについての高橋名人による提言がされています。この連載記事は高橋名人が「名人」と呼ばれるに至るエピソードから、ファミコンブームとハドソンの成功、そして今回参考にさせていただくファミコンブームの終息と日本ゲーム業界への提言という流れで連載されていたもので、30年以上業界に携わった高橋名人が今のゲーム業界について何を思っているのかを知ることができる記事になっています。ファミコンから現代のPS4に至るまで、数多くのゲーム機が発売されてきました。その歴史を振り返ることができる資料としても、レトロゲーム好きは必読と言っても過言ではありません。
ファミコンブームの終息と、日本ゲーム業界への提言
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1607/14/news026.html
20年間に渡って製造されたハード
今まで数多くのゲームハードが世に繰り出され、発売されてきました。そんなゲームの長い歴史の中でも珍しく、発売から20年以上製造されたゲームハードがあります。それはゲームをお茶の間に爆発的に広げたファミリーコンピュータです。ファミコンというと赤白のボディに臙脂と金のコントローラーを思い浮かべるとおもいますが、コンポジット端子につなげることができるようになったAV対応版Newファミコンがその後に出ており、これが2003年まで製造が続けられていました。性能的にはファミコンと同等です。1つの電子玩具が中身を変えず、ずっと生産されていたというのは後にも先にもファミコンだけではないでしょうか。
(引用開始)
2003年9月。レトロゲームファンにとって、衝撃的なニュースが流れました。それは、発売から20周年を迎えた「ファミリーコンピュータ」の生産が終了するというニュースでした。
私はこのニュースを聞いたとき、悲しい気持ちになるというよりも、驚きを隠せませんでした。なぜならば、その間にTVゲーム機は16ビットになり、次世代機と呼ばれた「プレイステーション」もさらに高性能な「プレイステーション2」に生まれ変わっていたからです。そうした中でファミコンは途中でAV対応のニューファミコンにはなりましたが、脈々とファミコンが生産され続けていたのです。
(引用終わり)
任天堂のハードで一番売り上げたのはWiiですが、その次に多いのがファミコンです。2007年10月31日には、ファミコン、スーパーファミコン、ニンテンドー64の公式修理サポートが終了したので、任天堂の時代は2007年に1つの区切りを迎えたと言ってよいでしょう。Wiiが発売されたのが2006年ですから、その後も引き続き修理のサポートをしていたということになります。PCのOSであるWindows2000がメインストリームサポートが5年で終了し、その後延長して10年、Windows XPは 発売から13年でサポートが終了しています。パソコンとゲーム機は比べても仕方ないのかもしれませんが、消費者の意識的には開発体制や部品などの流通というところを慮って「仕方がないか」とはなりにくいはずです。20年以上1つのハードのサポートを行っていたのは、流石任天堂ですし、それだけ多くの人に愛されていたゲームハードであったということでしょう。(画像は同上記事より)
リアルさの追求に疑問視
高橋名人の連載記事にもどってみると、今後のゲーム業界についての動きに注目されていることが伺えます。VRやスマホゲームについての言及がある中で、ゲームのリアルさの追求に関して疑問に思っているという旨が書かれてあります。
(引用開始)
今のTVゲームは、まさにリアルを追求しています。しかし、私はこの傾向に多少の疑問を持っています。
例えば、現在のシューティングゲームは、FPS(ファースト・パーソン・シューティング)やTPS(サード・パーソン・シューティング)が主流となっています。海外のゲームに特に多いのですが、戦争などのワンシーンが採用され、その敵キャラクターとして人間を描いているものが多く見られます。
かつてハドソンでは、自然界に存在しているものは決して敵キャラにしないようにしていました。人間の形であればロボットでいいし、クマやライオンなどの猛獣であっても、何かほかのものと組み合わせたものにしていたのです。なぜなら、TVゲームと言えども、実際に生きているものを傷つけるのはどうなのかというところに問題意識を持っていたからです。
だから先述のFPSであっても、実際の戦場ではなく、SF的な空間で、宇宙人などを相手にしてもいいはずなのです。リアルを求めるのはいいけども、もう少し配慮したほうがいいのではないかという懸念があるのも事実です。
たとえグラフィックはキレイであっても、極端に言えば、そこに映るのが四角と丸型でできた物体でも、TVゲームの楽しさは変わらないはずなのです。
(引用終わり)
高橋名人の問題点を整理すると、1.リアルすぎる表現に対する問題意識、2.グラフィックの良し悪しでゲームの面白さは損なわれない、というところでしょうか。1に関しては表現の自由という前提がありますから、難しい問題かと思われます。ゲームに限らず「有害図書指定問題」など、表現の自由が脅かされる問題が叫ばれて久しいです。詳しくはこちらの記事を御覧ください。
スペシャルインタビュー企画・山田太郎参議院議員に聞く!(前編):BLも違法に?!「表現の自由」はいかに危機に瀕しているか。
どんなコンテンツをどのように遊ばせてくれるか
高橋名人の2つ目の問題意識としてあったのが、グラフィックの良し悪しでゲームの面白さは損なわれないということです。現在ではスマートフォンゲームでも3DCGが使われ始め、デバイスの性能が上がれば上がるほど、リアルな描写を追い求める傾向が業界全体としてあります。しかし、それはゲームの面白さを必ずしも保証するものではないのです。20年間任天堂はファミリーコンピュータを生産していました。スーパーファミコンやニンテンドー64と同時にサポートを終了させたということは、あのグラフィック、ゲームボリュームでも十分に良質なゲーム体験をユーザーに届けられるという自負があったからこそできたことではないでしょうか。高橋名人は記事の中で、「どんなコンテンツを、どのように遊ばせてくれるか」が大事であると書かれています。ゲームの本質はこの言葉に集約されているでしょう。リアルな表現の追求を否定したいわけではありませんが、リアルな表現の追求は、ゲームを面白くさせるための手段の1つであるということを理解しておくのは重要です。これからゲームクリエイターとして活躍していく皆さんは、「どんなコンテンツを、どのように遊ばせてくれるか」という高橋名人の言葉を、意識の片隅に入れながらゲーム制作に取り組んでいただき、単に映像がいいだけで終わらない、良質なゲームが日本を発信地として世界に広がっていくことを祈っています。
記事を読んでいただき、ありがとうございました!