「人工知能がアニメ業界から仕事を奪う」
昨今、IT業界では特に話題となっているAI(人工知能)。古くからSFアニメでは人工知能を持ったキャラクターが親しまれていますが、そのAIがリアルのアニメ制作現場にも影響するのでは無いかという下記のニュースが最近話題になりました。
◆「アニメ制作は全てAIに代替されるかもしれない」AT-X・岩田社長「創造領域の侵食が始まっている」
こちらは2017年2月9日に、「アニメ・ビジネスフォーラム+2017」でエー・ティー・エックスの岩田圭介社長(プロデューサー)が語ったものです。記事内容を更に要約すると以下の様になります。
・レイアウト、動画、スキャン、デジカメ取り込み、デジタルペイント、デジタル合成、レコーディングフィルムはマニュアル化できるためAIが作業を代替できる。
・AI自らが膨大な情報から物事の特長を見つけ、「その特徴を持った」オリジナルを作る事が出来る。既に海外では洋画家のレンブラントの「新作」をAIが描いたことが話題になっており、この仕組みを用いれば「庵野監督の新作」などをAIが作る事も可能。
「機械が作ったアニメに我々が感動するってこと?」と、あまりに未来的な話の様な気がしてしまいすぐには現実感を伴わない方もいらっしゃるかもしれません。私も最初は「大袈裟な」と思ったのですが、調べてみると意外とそうでもないのがこの話の恐ろしさなのです。
萌えの黄金比はマニュアル化できる?
AIというのはここで岩田社長が言うような「ディープラーニング」の機能を持ったものを指します。これはAI自身が膨大な情報を学び、それらを整理して新しいパターンを生み出すというもの。先に述べた「レンブラントの新作」(左画像)も、レンブラントが描いた346作品をAIが読み込み、テーマや構図等の共通点を見つけて新作に昇華しています。よく知られているAI女子高生「りんな」も、過去の会話データを元に新しい会話パターンをいくつも創り出していますが、その高度版として既に絵画の分野でもAIは活躍出来るようになっているのです。ですから、例えば「萌え絵」の膨大なデータをAIに読み込ませることによって、人間が最も心地良く感じる「黄金比を持った萌え絵」すら生み出せる可能性があるのです。こういった部分を元に「キャラクターデザイナーすらAIに代わりうる」という話が出ているものと思われます。
アニメ業界から「職人」は消えるのか?
AIがアニメを作ってしまうなんて・・・と否定的な反応の方は多いかも知れませんが、ここでひとつ「AIのアニメが持ちうる可能性」の話を。皆さんは2010年に逝去された今敏というアニメ監督をご存じでしょうか?細かな筆致でファンタジーを紡ぐ美しいアニメ作りをしていたアニメ監督です。「千年女優」「パプリカ」など本当に素晴らしい作品が多い監督ですが、膵臓癌により惜しまれながらこの世を去りました。今監督には作りかけの遺作「夢みる機械」があり、世界中のファンがいつか発表される日を待っています(が、現在は制作が中止されています)。今監督は死を覚悟してから執筆したブログで、「夢みる機械」について下記のように書いていました。
「今敏が原作、脚本、キャラクターと世界観設定、絵コンテ、音楽イメージ・・・ありとあらゆるイメージソースを抱え込んでいるのだ。(中略)基本的には今敏でなければ分からない、作れないことばかりの内容だ。」
KON’S TONE「さようなら」より
もちろん残された人々が様々な資料を基に「夢みる機械」を作り上げることは可能ですが、当時のマッドハウス社長であった丸山正雄さんが話している通り「今さんのマネはできても、彼らしさは誰にも出せない」のです。でももし「今敏のあらゆる情報を膨大に読み込んだAI」が存在した場合、今敏監督作品に近い「夢みる機械」ができてしまう可能性もあるのです。亡くなってしまった方の作品がどれだけ故人の意思に近いかは誰も分かりませんが、ここには「可能性」だけが確かに存在しているのです。
アニメ業界は職人の多い世界です。「この爆発の作画は○○さんだな」「このエフェクトは××さんだ」と、絵を見ただけでわかってしまいます。その人にしか描けない作画があり、その人にしかできない演出がある。その代わり、該当する「職人」が亡くなったり制作を辞めてしまったら、もうその作画は完璧な再現が難しいということでもあります。例えば押井守監督が去年話しているインタビューでもこんな発言がありました。
「アニメ作りも職人の世界です。(中略)ただ、国内ではそういう精度が高い仕事ができるのは、おそらく業界全体の5%以下くらい。(中略)そういう職人は全体から見れば滅びつつあります。」
ORICON NEWS 押井守監督がアニメを作らなくなった理由「一緒に作る職人がいない」より
AIという「既存のパターンを覚えて新しく『それらしいもの』を創り出す仕組み」に対し、職人とは「既存のパターンに無いようなオリジナルを創り出せる人」です。AIは学ぶ事は出来ますが、オリジナルを創り出そうとする人が持つ執念や情熱とは無縁です。アニメは、絵だからこそできる表現の可能性に満ちあふれている表現手法です。その可能性の中で奇抜なデフォルメや変わった色使いなど新しい演出を考え確率してきたアニメーターは沢山いますが、学ぶ事を主体とするAIがそういった執念、情熱、試行錯誤から生まれた技術を超えられる可能性はまだ高くないでしょう。
アニメ業界最先端のAIが必要とする「人の手」
ところで、既にアニメ業界にもAIの技術は近づき始めています。2014年に発表された「CACANi」というソフトウェアはアニメの原画と原画の間を描く「中割り」を自動生成する機能を持っており、まだ開発の余地があるとは言え業界から注目されています。その「CACANi」開発者のインタビューに、今後のAI技術とアニメ業界の未来を示唆するような発言があります。
「アニメ制作においてコンピュータでは決してたどり着けないレベルは確実に存在します。そんな時は必ず人の手が必要になり、クリエーターの手によってようやくアニメは『芸術作品』となります。同時に、現状のアニメ制作では一人一人のクリエイタが膨大な量のカットを描く必要があります。クリエーターが多くいない制作環境の場合、作品の完成に向けて一人のクリエーターが膨大時間を費やす必要があり、それが過酷な労働環境を生み出しています。そんな環境をCACANiによって少しでも改善できたらと思っています。」
Japan Anime Media「デジタルアニメ制作環境の未来:『CACANi』のビジネスマネージャー、Liew氏が語る」より
この「アニメを『芸術作品』にするために必要な人の手」こそがAIに真似できない部分でしょう。逆に言えばAIで代替できる量産部分の仕事は、どんどん人間から奪われていく可能性が大いにあり得ます。アニメ業界の仕事量は全体的に今より減って楽になるかも知れませんが、それと同時に量産の発想しかできないクリエイターは淘汰されてもおかしくない、という未来予想が依然としてできてしまうのです。クリエイティブ分野にとってAIの台頭は福音でもあり警告でもあると言えるでしょう。
この記事を読んでいる方の多くが関わるアニメという分野だからこそ恐ろしい話のようになってしまいましたが、よく考えると機械化された既存ビジネスは沢山ある。ATMだってそうだし、学習機能を使っているという意味ではAmazonのお勧め機能だってそうでしょう。今後、量産可能なものや個性を求められないものはAIを利用する方向に進んでもおかしくありません。これからのクリエイターに求められているのは、これまで量産化のために必要だった時間を使って「今までに無いもの」をいかに生み出せるかになるでしょう。でもそれは、もしかしたら私達が考えているよりも更にワクワクして、素晴らしいアニメの未来の幕開けかも知れません。