最近、本を買いました。養老孟司『解剖学教室へようこそ』、布施英利『子どもに伝える美術解剖学』、そしてマール社から出ている『アーティストのための美術解剖学』です。早い話が全部解剖学の本。正直ハマってます、解剖学。可能であれば解剖に立ち会いたいくらいにはハマってます。
私自身、小さい頃から見よう見まねで絵を描く人間だったのですが、IT革命が遅すぎてやっと2015年になってからPhotoshopを使うようになったくらいの趣味範囲でした。しかし、社会人になってほとんど絵を描かないような毎日になると、いざきちんと絵を描こうと思った時に何も描けないのです。正確に言えば「慣れた絵しか描けない」のです。全部左向きバストアップのみ、みたいなやつですね。あんな絵しか描けないなんてアカン!若い巨乳の女の子だけじゃ無くて老若男女を360°どこからでも描けるようにしてポートフォリオに入れろ!というような話をそこかしこでクリエイター向けにはしているのですが、自らが趣味とは言え凝り固まった絵しか描けないのはどうなんだ・・・ということで、とりあえずまず解剖学から入りました。
解剖学から入ったのはこれまた別の本がきっかけなのですが、アニメーターのリクノさんという方が書いた『アニメーターが教える線画デザインの教科書』とう本に「人間の身体の構造はしっかり勉強した方が良い」と書いてあったからです。ちなみにこの『アニメーターが・・・』は、正確な描画を求められるアニメーターが描いただけあって、かなり理論的に絵の説明がされています。絵なんて感覚だ!!という小学生そのままみたいな絵の描き方をしている人間を根本からたたき直すような本でした。
話は戻って『アーティストのための美術解剖学』ですが、こちらは元々海外で出版されたものの日本語訳です。正直言って絵を描く上ではここまで必要ないのでは?と思う程、詳しく細かい人体に関する説明が載っています。しかしその細かさが逆に説得力を持ち、例えば記号として捉えられている「怒った時の眉と眉間の皺」は、ここにこう存在する筋肉があんな風に動くことによって機能しているのか・・・と、今更な驚きを持って新鮮に発見することができます。それによって何か自分の絵が変わるか?というと、見た目には正直わかりません。でも、ただ眉間の皺をピピッと描いておしまい、というよりは説得力を持たせられるように、無意識で描いている感じはあります。
これらの発見が面白かったために、養老孟司さんの本や布施英利さんの本を買いました。結論から言えば養老孟司さんの本は「解剖学の歴史」です。途中に「不思議に思うかも知れないが、ルネッサンスの時代は絵描きや彫刻家にとって、解剖が殆ど必修だった」と書いてありますが、絵を描く者の一端としては「別に不思議じゃないわいな」という気にはなります。もう1冊の布施英利さんの本は、他のエントリでも書かれているとは思いますが「描く対象物を解剖したりその他のアプローチで触れることによって、作者個別の世界観が育まれ絵に深みが出る」という話を根底に持ってきています。美大などを出ていると人体デッサンをやらされることは多いと思いますが、せっかく絵を描くのであれば、その絵にリアリティを持たせるために解剖学はかなりお勧めできるジャンルです。
因みに、私が解剖学について調べている間に某有名アニメ作家さんにお会いする機会がありました・・・というか、仲の良いお客さんなのでよくお話をしている方ではあるのですが、その方は基本的にデフォルメされたキャラクターの3DCGアニメを作っており、キャラクター自身も四肢はあれど人間ではありません。しかし、アニメーションと教育について話をされている中で「デフォルメであろうと人間の骨格や身体の構造を理解していなかったら、アニメーションに命は吹き込めない」という発言がありました。現在社内にいる新人や、会社を受けに来る学生の作品を見ても、機械的に身体を動かしているだけに見えてしまう・・・本当は腕を曲げたらどの筋肉がつっぱり、どの筋肉が伸びるという事を論理として頭の中に入れていなければいけないのに、そういった知識が無いとどうしてもアニメーションにリアリティが出ない・・・そういう話です。「例えば腕を振るのでも、本当は腕が振られているのでは無いのです。肩の付け根から動いているんですが、腕を振るアニメーションで肩から動かす人は少ない。」これはかなり印象的でした。現場でも基礎の基礎たる人体の構造は重要視されているわけです。ましてデフォルメアニメですらこういった話があるのですから、いわんやリアルアニメをや、と言ったところでしょう。
因みに漫画などであれば、デフォルメがものすごい事になっていてもストーリーで引っ張り、むしろ絵がそのまま味になっているような作品もあります。とはいえそういった作品もひとたびアニメ化すると、綺麗に均等が取れた絵として“修正”されます。これはアニメという大人数の仕事がなせるワザでもあり、ある種の弱みでもあるでしょう。とはいえそういった漫画ならではの絵の荒さを「味」として確立するには長い年月が必要ですし、その間に絵を無視してでもストーリーに付いてきてくれるファンも必要です。それであれば・・・漫画家を目指す方も、「解剖学」などをめくってみることをお勧めいたします。