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2016.05.06 アニメゲーム漫画のクリエイターさんへ 「温故知新」は本当にいいことなのか? どうして昔の作品ほど良い物が多いのかについて考えた

記事を読んでいただき有り難うございます。今回の記事は、何か文章を書こうとしたり、作品を作ろうとする時に参考になる考え方について書きました。

shutterstock_243858466-330x220創作につきものの温故知新

何か自分で作品を作ろうと時に、何かしらのモデルを想定して作ることが多いと思います。全くのゼロからオリジナルな何かを生み出すというよりは、何か自分の好きな分野の優れた作家の仕事を参考にし、それを模倣し、少しづつ自分のオリジナリティを確立させる・・・。創作の世界ではこれが普遍的な手法としてあるのではないでしょうか。文章についても同じで、私が何か文章を書こうとする時に、無意識の内に特定の作家や、特定の本を念頭に置いて文書を書く、ということが良くあります。私の場合、それは一昔前の学者であたり、小説家であったりします。
ゲームやマンガの世界でも同様に、例えばロボットアクションの始祖は言うまでもなく「機動戦士ガンダム」シリーズでしょう。その後のロボットアクションモノは、程度の差こそあれ、ガンダムの影響下から逃れることができません。

お手本にする作品を元に創作をする場合に、そこには暗黙の前提があります。それは、「昔の作品が優れている」という信念です。「古典的名作」などという言葉がありますが、特にゲームやアニメやマンガの世界では、「過去を伝説化し、理想にする」という傾向が強くあると思います。現在でも「おそ松くん」など過去の優れたコンテンツがリメークされる事がありますし、コスプレイベントには、一昔前のキャラクターのコスプレをしている人が沢山います。

Businessman on rock mountain with a question markしかし「昔の作品ほどいい」のは本当か?

今回の文章では、この「昔の作品ほどいい」という前提について「本当だろうか?」と敢えて疑問を投げかけて見たいと思います。もちろん、私自身も一昔前の作品を何度も読み返すことがありますし、優れたコンテンツが日本には大量に蓄積されているとも思います。しかし、過去を理想化するだけで無く、少し突き放してみて始めて見えてくることもあるのではないでしょうか。

弊社では、この「ラクジョブ新聞」の他にも運営しているメディアがあります。それは「一月万冊」という、主に本のレビューをしているメディアです。その内の1つに、興味深い記事があったので引用します。

https://readman.jp/coaching/7015/

これは、親子関係について考え直す記事です。これを読んでいるあなたが27歳くらいだとすると、大体親の年齢は50後半か、60前半位だと思います。この位の世代には、エヴァの庵野監督や攻殻機動隊の押井守監督など、とにかくビッグネームが名前を連ねています。つまり、20代後半で漫画家やゲームプランナーとして活動する場合、親の世代が残した作品が自分の中での模範となりやすい、という事が言えます。

しかし取り上げた記事には、親の世代をこそ疑おう、という事が書いてあります。親の世代が於かれた社会環境を翻ってみれば、現在と違うことだらけです。例えば、現在のように自由恋愛の観念は社会全体には認められづらい空気があったでしょう。経済環境的にも、終身雇用、年功序列といった雇用慣行が一番強固だったのがこの世代です。現在とは何かも違う時代。そんな時代の空気を吸って作品を作り、世に出て来たのが「エヴァンゲリオン」であり、「攻殻機動隊」でした。言うまでもなくこれらの作品は名作だと思いますし、私も大好きです。しかし現代とは全く違う社会環境の中で産まれた作品であるということには注意が必要です。前提が違えば、「これが面白い」「このような作品こそ流行る」といった感受性も自然に変化します。昔の作品に拘泥することは、現代の良さを見ないことでもあるのではないでしょうか。

shutterstock_157255832過去の人ほど立派だった、という考え方はどこからやってくるのだろうか

過去のモノが優れている、過去の人ほど立派であった、という考え方を、とにかく日本人は持ちがちです。それは何故なのでしょうか。1つの原因として、私は歴史問題があると思います。日本の現代は、大きく遡れば黒船の来航に端を発します。黒船の来航に対抗して明治の志士が立ち上がり、そして討幕運動が起こり、近代日本という国家が起こった、と教科書にはあります。近代日本はそのまま戦争に突入し、敗戦し、その後に高度成長を迎え、現代に至る。日本人は一貫して外圧と戦い続けてきました。ある時には戦争という形で、ある時には経済戦争という形で。

歴史は、過去に存在する無数の選択肢、無数のストーリーから1つを選びだし、現代への道筋を付けたものです。そして、現代に至る物語は、「過去の日本人は懸命に頑張ってきた。だから今がある。でも、今は低成長時代であり、若年層は元気がない」ということになっています。しかし、こうした物語は、あくまで選ばれた1つの説にすぎません。正確に史実を反映しているのか、現在でも議論は紛糾しています。

いずれにせよ、今の時代が過ぎれば、今の時代も、そうした物語の1つになって過ぎ去っていきます。その時に、本当に今の時代の若者はレベルが低いと語られるのか、あるいはもっと別の語られ方をするのか、今の世代の活動に全てがかかっているのです。

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